北方領土は3度死ぬ

なんかもう遅い。60年もたってこの調子じゃどうしようもない。交渉というのは相手が弱っているときに有利にことが運ぶのに、今何をやっても無駄。
チャンスは3度あた。
ソ連崩壊直前の1989年、ベルリンの壁が崩壊した時。日本はバブルの絶頂期でカネの使い道に困っていた。ゴルバチョフの頬を札束で引っぱたいて北方領土を買い取ればよかった。国鉄の遊休地売却金だけで充分買えた。ところが政府は「地価高騰を煽る」という理由から遊休地を売却することすらせず、国鉄清算事業団の借金を増やし続けた。
これはソ連が崩壊した1991年でも間に合った。エリツィンの頬を札束で引っぱたけばよかった。
最後のチャンスは1998年のロシア通貨危機エリツィンの頬を札束で引っぱたけばよかった。無駄な公共事業のカネを回すだけで買い取れた。北方領土のインフラ整備に回せば、それなりに実のある公共事業ができたというものだ。
2005年。プーチンの、ターミネーター2に出て来るリキッドメタルマンのような鋼の頬を札束で引っぱたいても無駄だ。
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