ちーちゃんは悠久の向こう

chiichan1公式サイト。兼重淳監督。日日日(あきら)の原作からはかなりデフォルメされているようだ。あと2ヶ月もすれば桜が咲くけれど、この映画で先取りして花見を楽しむ。これは、16歳にして西行法師になっちゃった少年の恋物語。若手作家にも日本の伝統美が息づいているというか。
吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき  西行
タイトル自体からしてネタバレなんだから、観る側は最初から覚悟しなければならない。過去と現在、あの世とこの世を越えた三角関係がコミカルに悲しく描かれる。
chiichan2ちーちゃん(仲里依紗)は、モンちゃん(林遣都)としか会話しない。他の人にも話しかけることあるが、なぜか全員にシカトされる。モンちゃんが遅刻して担任の先生に怒られても、同じように遅刻したちーちゃんには怒るどころか完全スルー。バスの運転手にさえ無視される。つまり、ちーちゃんはモンちゃんにしか見えない、存在しない。
大体、先生が「いない人手を挙げて」とギャグ言って挙手する人も約1名いるし、「幽霊部員」なんて冗談も飛ばされていて、泣け笑える。
お地蔵さんにしても、校舎の屋上にしても、工事中の校舎の中にある鏡も、この世には属していないのだろう。西行も関わった新古今和歌集に通じる非在の美を思わせる。
他にも幽霊ぽい人が約2名いる。壁際から顔を出したり隠したりするやがて死ぬことになる同級生。古葉竹識監督じゃあるまいし。もう1人、声からして現世離れした荒川静香似の先輩の弓道部長(高橋由真)。棒読みぽい台詞が余計に巫女的な神秘をよく出している。みんなちーちゃんからあくがれいづる人なのだろうか。
chiichan4実はこの2人だけは、モンちゃんにちーちゃんという背後霊が取り付いているのに気付いている、というかモンちゃんが抱えた「辛さ」に感づいている。特に弓道部長は実際ちーちゃんの名前を聞き出しているし、ラストでは微妙に声がちーちゃん化しているのが分かる。
対照的な台詞「弓道をしている時、生きていることさえ忘れちゃえる」という弓道部長に相槌打つモンちゃん。対して、ちーちゃんは「自分が死んだことに気付かない」人だ。だから、ちーちゃんは決して弓道場には現れない。モンちゃんが自分を忘れる時、現れようがないのだ。弓道部長がモンちゃんに手を差し伸べようとする理由はこれで了解できる。
chiichan3それにしても、幼い頃のちーちゃんの可愛さ。この子だけで(TAT)ける。仲里依紗のちーちゃんも、高校生の割に幼い可愛さを保存したままで、モンちゃんの思いをよく反映させている。
かなわぬ恋の究極の形。高校生になっても忘れられないモンちゃんの孤独が逆照射される。
学校にある七不思議。ある筈の13段目の階段って、ちーちゃんが踏み外して落ちた幻のステップだよね。体育館のバスケットボールって、ちーちゃんが好きだったオレンジのチューインガムだよね。後はもう分かる。
実は最初に幼い2人がベッドから転げ落ちて布団を破ってしまった時、ちーちゃんが何とホッチキスで繕ってしまうことに物語は予告されていたのかもしれない。母親に気付かれて「大事にしないともったいないお化けが出ちゃうよ」と言われるのだけれど、ちーちゃん自身が布団に象徴されるもったいないお化けになってしまった。
恐らく、2人が飛び降りごっこして悲劇になるというのはポケモンを巡るアメリカやトルコでの子供の事故がヒントになっているのではないだろうか。
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