長期雇用社会の弊害〜本音言えるのは老人になってから
こういう人畜無害な番組になってしまう理由はわかる。たぶんスタッフは、解雇規制の問題を取材しただろう。しかしプロデューサーが「これは危ない」と判断して落としたものと思われる。
これ、実は自縄自縛なところがあって、プロデューサーが自己規制するのは自ら長期雇用されているから。
実は長期雇用は単に日本経済だけの問題ではなさそうで、社会文化にも大きな影響を気付かぬうちに与えていると思う。最たるものは、本音を言えるのは退職してから、というところがあること。その好個の例を見つけた。
nikkei BPnet:日下公人氏の「現実主義に目覚めよ、日本」日本、核武装へのステップ(前編)(後編)
概略は、シートン博士がまとめられているので孫引き。
1.麻生首相には靖国神社の4月の例大祭に参拝していただく そのときに首相だけではなく、国民も参拝すればいい
2.非核三原則の廃止 ただ「もうやめた」と言えばいい
3.集団的自衛権の行使を肯定する 集団的自衛権の行使については、国会で内閣法制局長官の回答があるだけだから、肯定することは簡単
4.武器輸出を認める 輸出先の国の軍事力が日本に依存することになる。だから、「日本のいうことを聞かないのなら、もう部品を送ってやらない」といった軍事的支配力につながる
5.村山談話を否定すること 首相が変わったとき、新聞記者が「村山談話を踏襲しますか」と聞いたら「よく知らないから、今から勉強します」と答えればいい
6.法制局長官の憲法解釈を、どんどん変えればいい 法制局長官に対して「そんな解釈をするのなら任命しない」といえば、今までの憲法解釈を変えることができる
7.情報機関を新設すること どうせ世界では悪巧みがぶつかり合っているのだから、自分だけ無邪気にしているのはおかしい
8.北朝鮮をテロ国に指定すること 米国に頼らず、日本が自ら指定すればいい
9.京都議定書を脱退すること
10.6カ国協議を脱退すること 6カ国協議は進展がないが、日本が動かなければ進展がなくて当たり前
11.核拡散防止条約の脱退 「改定する」とか「破棄する」とか、そういうどぎついことは言わずに「もっとよいものができましたから、こちらにしましょう」
12.国連に「歴史認識問題には時効を設ける」という提案 殺人事件でも時効があるのだから、歴史認識問題にも時効を設けようではないか
13.サブプライムローン問題については、それぞれの国がそれぞれ自分の責任で処理するということを提案
14.日本が引き受ける米国債を円建てにするという条件を要求 不足だが担保として原爆を200発とか、原潜を20隻など
15.国連からの脱退 まずはいろいろな条件をつけて、分担金を払い渋る
16.「日本の道」を宣言 日本は日本の道を行くから、「賛成した国はともに歩こう」と言えばいい
シートン博士は、
なにからなにまでイカれた文章ってのは、突っ込みを入れる気さえ湧かなくします。
と仰っているが、私としては、もちろん、方法論的粗さはあるとはいえ、ほとんどの項目についてなるほどと思え、逆に、
なにからなにまで本音丸出しの文章ってのは、突っ込みを入れる余地もなくします。
というのが正直なところ。
恐らく大半の人はイカれている、非現実的、耄碌した老人の繰言と思うに違いない。日下氏はもう80歳近い年齢だ。
けれど、世論調査で一つ一つ項目ごとに問えば案外賛成派が多いかもしれない。
日本人の場合、「現実的」という言葉が大好きだ。その癖「現実的」ってどんなことなのか真剣に考える習慣もないと思う。実は日本における「現実的」というのは、事実上当該所属組織内で「空気読む」に等しく、それ以上でも以下でもない。これこそが池田氏のいう「文脈的技能」のコアな部分だ。
その遠因をたどれば、終身雇用、長期雇用が一つにあると思われる。「現役」の間は「本音を公に言ってはいけない」というのが暗黙の掟だ。もう、そう条件付けられているのだ。実は憲法が戦後64年にもなるのに一字一句改正されないのも、長期雇用慣行と無関係ではないと思える。転職しないことと憲法変えないこととは底の方でつながっている。
そして堂々と本音を言える年齢になるのは日下氏のように後期高齢者ぐらい。ここまで年齢を重ねれば、読む側も、「あの年だから」と許容してくれる。許容してくれるが故にいくら本音言っても、最初からガス抜きされてまともに読んでくれない。
結局、大部分の日本人は一生かかっても、本音をビビッドな状況で公言する機会は事実上奪われていると見ていい。本音言うなら野垂れ死覚悟でアウトサイダーになるしかないのだ。
思い出したが、以前にも「公的発言と私的発言が乖離し過ぎた日本をあぶり出した田母神俊雄論争」で似たようなこと書いていた。
神保「私人としての立場と公人としての立場に若干区別をつけておられない感じですね。言論の自由ですから個人でやってください、ということですね」
けれど、アラブ系の特派員もビデオで発言したように言論の自由に公人も私人もない。その法的根拠もない。あるのは公務員が職務上知りえた情報の秘匿義務だけだろう。田母神論文にはそのような情報は一切含まれていない。だから完璧に頓珍漢だ。
大体、今の政治的弊害の大部分は「公的発言」と「私的発言」が無根拠に分け隔てすることが是とされ、極端に乖離してしまったことにある。平たく言えば、建前と本音ということになるが、この二つのレイヤーがいつの間にか乖離して使い分けるのが当たり前の空気になり、このために公人も私人もストレスがどんどんたまってしまっているのが現状だろう。
いわば、いつの間にか一つの会社で貫き通すのは「公人」、転職繰り返す人間は「私人」に近い扱いを受けている。平たく言えば、前者が堅気、後者がヤクザだというそこはかとない差別の空気はまだ強いのだ。
Clickで救えるblogがある⇒