生物だって経済活動している

内田樹の研究室:人間はどうして労働するのか

人間だけが労働する。動物は当面の生存に必要な以上のものをその環境から取り出して作り置きをしたり、それを交換したりしない。ライオンはお腹がいっぱいになったら昼寝をする。横をトムソンガゼルの群れが通りかかっても、「この機会に二三頭、取り置きしておこうか」などとは考えない。「労働」とは生物学的に必要である以上のものを環境から取り出す活動のことであり、そういう余計なことをするのは人間だけである。
どうして人間だけがそんなことをするのか。それは「贈与する」ためである。ほかに理由は見当たらない。もし、腹一杯のライオンがそれでも獲物を狩ったとしたら、その獲物は誰かに(仲間のライオンかハイエナか禿鷲かあるいは地中の微生物か)「贈り物」として与える以外には用途がない。

そもそも「労働」の定義が恣意的だから、どんどん論が恣意的に暴走する。この暴走振りがお家芸と言えばお家芸なのだけれど。動物まで巻き込んだら、生物が生きていることそのものが労働になってしまうのだが。
これに対し、
経済学101:人間も労働も特別じゃない

ほとんどの動物が食料の作り置きをしないのは単にできないからだ。できるならする。例えばリスは食料を地中に埋めるし、冬眠する動物は脂肪を蓄える。
狼は獲物を群れに持ち帰り、狩りに参加しなかった個体にも食料を与える。常に同じ個体が群れに出るのでない限りこれは時間軸を通じた交換だ。その場での交換でないのは、貨幣が存在しないからだ。貨幣がなければ価値の一致する取引を一時点で行うのは困難だ。貨幣経済成立以前の人間でも変わらない。

と言うのだけれど、脂肪は言わば自然版貨幣の貯蔵機能としてほぼすべての生物に備わっているし、別に脂肪に限らなくても、筋肉だって脳細胞だっておよそすべてのバイオマスは貨幣の貯蔵機能としてある。自然界において食糧=エネルギーこそが貨幣だ。
とすると、生物はそれ自体が労働であると同時に貨幣である。これは、もちろん人間だって例外じゃない。航空機がアンデスの山奥に墜落すれば、生き残った人間は死んだ人間の肉体を貨幣として奪う。
ライオンが獲物を食って内臓を食い荒らし、筋肉を放置し、ハイエナが余り物のセカンドベストのほかの肉を食う。
その意味で物々交換や貨幣経済は自然界にも最初から存在している。人間が作った貨幣はつまりは自然の貨幣経済のextended versionだろう。決定的な違いは、
生物界ではエネルギー(食糧)と貨幣が未分化であることだ。
ところで、人間はどうして労働するのかでは、

レヴィ=ストロースが言うように、人間性を基礎づけるすべての根源的制度の起源は闇に消えていて、私たちは人間である以上、それに直接には決して触れることができないからである。

とあるのだけれど、別に闇になど消えていない。オリジンはすべて物理的力学関係に還元できる。
たとえば、腹が減るのはエネルギーを消費したから需要が発生したに過ぎない。人間が「贈与」で何かイノベーションを行ったとしても、生物界ではそんなこととっくに行われていて、生物多様性が保持されている。
それは無生物だって同じだ。風が吹くのは気圧差があるからだ。風がおさまるのは大気同士の裁定取引が成立したからだ。地球温暖化になるのは、太陽エネルギーの保存率が高くなるからだ。地球温暖化とはすなわち大気の文字通りのインフレーションだ。生物の経済も元をたどれば物理学的力学に還元できる。
ついでに言えば、化石燃料とは、生物の経済活動による貨幣貯蔵機能の集積だ。そのことは森林だって同じだろう。最近やっと森林の炭素貯蔵機能が注目されているが、ならば森林も銀行や倉庫業を営んでいることになる。大気中に「過剰」に蓄積された二酸化炭素というのは、言わば累積債務ということになる。
それなら、森林そのものに代金を支払う義務が発生してしかるべきで、そうなるとCOP15でゴネまくった新興国も大喜びするはずだ。特に熱帯アフリカとか、ブラジルとか、ロシアとかは。すなわちこの生物の交換経済と人間の貨幣経済を統合するのが炭素本位制ということになる。
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