「川口悠子」は漢字表記で何の問題もなし

プリンストン発 新潮流アメリカby 冷泉彰彦 「川口選手」それとも「カワグティ選手」?

日本の社会では、「日系人」と「日本人」の間にはかなり大きな意識の壁があり、その象徴として、日系人の名前はカタカナ表記する習慣があったからです。ペルーの元大統領は、決して藤森さんではなく「フジモリ」氏であり、ブッシュ政権アメリカの運輸長官も峯田さんではなく「ミネタ」氏でした。川口選手と同じような例としては、トリノ五輪アメリカ代表としてペアに出場した井上怜奈選手の例があります。アメリカに帰化した井上選手の場合は「レイナ・イノウエ」とわざわざ順序までひっくり返してカタカナにして、カッコ書きで「元日本代表の井上怜奈」などとして報道がされていました。
 同じ女子フィギュアの選手としては、アメリカ史上最高の人気を誇るクリスティ・ヤマグチ選手がいますが、彼女の場合は日系三世ということで「山口」という漢字の名前で紹介されることは皆無だったと思います。では、どうして今回は「川口選手」であって「カワグティ」ではないのでしょう? そこには、色々な理由が考えられると思います。

ということで、川口悠子選手が漢字表記されている理由を箇条書きされている。

(1)アメリカやペルーは日系人の歴史があり、日系人が現地に同化したことを日本社会としても尊重する立場なので、相手国の名誉を重んじて、もう日本人ではないという意味からカタカナ書きをする。だが、ロシアにはそうした日系人の存在感はない。

(2)南北アメリカ大陸の日系二世や三世の場合、法律上の本名がカタカナしかなく、中には漢字のスペリングを本人も特定できない場合があるので、一律にカタカナ書きをしているが、川口選手の場合はロシアなので、そうした南北アメリカ日系人の事情とも違う。日系人の名前が、英語やスペイン語のアルファベット表記になるのなら、そこからカタカナ表記を類推できるが、ロシア文字は日本では親しみがないので、そこからカタカナにするぐらいなら、「日本人だった時の姓名」を漢字で書いてしまった方が早い。

(3)今回の五輪では、長洲未来選手がアメリカ代表で女子フィギュアのシングルに出場するが、長洲選手の場合は出生地主義血統主義のために二重国籍日本国籍を持っており、日本の国籍法で国籍選択宣言を要求される年齢にも達していない。というわけで、アメリカ代表であっても、長洲選手は日本人なので、日本のメディアとしては「長洲未来」と表記することになる。となると、川口選手と長洲選手を同じ記事の中で、一方だけカタカナにすることはできない。そのために、トリノの井上選手とは違って、川口選手も漢字表記にすることにした。

(4)そもそも、日本にはペアの指導体制も、ペアの相手になるような選手の層も薄い。だから「日本チームへの裏切り」ではない。トリノの井上選手の場合は、日本のシングル代表だった過去があるので、「あっちへ行ってしまった」という感覚があったが、川口選手には日本のスポーツ界としてそんな「しがらみ」はない。

(1)は明らかに×。例:イリーナ・ハカマダ。イリーナ袴田なんて書かないだろう。一方で岡田嘉子に至っては亡命してソ連人になったのに、「ヨシコ・オカダ」なんて表記されたことがないが、それは「日系人の存在感」の問題ではないだろう。生まれやオリジナルの問題だ。
(2)は全く意味不明。ロシア文字が読めないならカタカナ表記はおろか漢字表記は到底不可能。
(3)は長洲選手は日本国籍があり、川口選手は日本国籍ないのに、なぜ「一方だけカタカナにすることはできない」となるのかこれも意味不明。
(4)は事実誤認。井上選手だって川口選手同様、ペアの相手が見つからなかったからアメリカ代表を目指した。また知る限り日本のメディアで彼女を裏切り者扱いした記事は見たことない。また、川口選手も日本代表という実績があるから同じだ。

結局、全部×だと思う。
じゃあ、正解は何だろうか。
単純に川口選手は、ついこないだまで日本国籍だった日本生まれの日本人というのが直の理由。生まれた時、日本人なら漢字表記が可能だから。そもそも国籍が変わったから即カタカナ書きしなければならないという慣習は元よりないし、冷泉氏も「良いこと」とされている。また、井上怜奈選手が「レナ・イノウエ」と表記されるのは今でも稀(ちなみに「レイナ・イノウエ」ではない)。グーグルweb検索だと「井上怜奈」は48,900件ヒットするが、「レナ・イノウエ」428件しかヒットしない。井上選手の場合はアメリカ人と結婚してアメリカの定着度が大きくなったからカタカナ書きする場合もあるということくらいか。まあ、フィーリングの問題ですよ。ジョン・ボルドウィン・井上怜奈夫妻と書くのもなんだか面倒くさいし。けれど、「ユウコ・カワグチ」も276件ヒットし「レナ・イノウエ」と大して変りないのだから、そもそも2人を比較対照する意味があるとは思えない。またグーグルニュース検索に絞れも2人ともカタカナ表記はゼロ件だ。
ちなみに、ノーベル物理学賞受賞者で米国籍の南部陽一郎氏も「ヨウイチロウ・ナンブ」とは表記されていないし、それが問題になったことはない。結局、冷泉氏の心配は全くの杞憂というか“意識過剰”だと思われ。
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