さらば、ベルリン(The Good German)

good german原題の「The Good German」はGood Germansをにおわせたものだ。ナチスドイツ下で、ナチスを支持しなかったと言い張るが、異議も唱えなかった市民を意味する言葉で、より一般化されて悪いことが行われているのに保身のために見て見ぬふりをする人々という意味になっているようだ。
翻って邦題「さらば、ベルリン」というのはどうか。原題の英語のニュアンスをそのまま踏襲するのは不可能。かと言って、これでは「Goodbye to Berlin」と誤解されかねない。
最後のシーンDC-3でケイト・ブランシェットがベルリンを去るシーンに見られるように、この映画は「カサブランカ」のオマージュなのだからシンプルに「ベルリン」でよかったのではないか。
元祖弾道弾、ドイツのV2号ロケット開発者の争奪戦となったポツダム会議当時の連合国に分割統治されたベルリン。一度カラーで撮影されてモノクロ化されたという。スターリンチャーチルトルーマンが出て来る実写フィルムの粗さとの違いはぬぐいようがないが、ま、雰囲気はかなりマッチしている。
話はややこしく、一つの映画に無理矢理色々な要素を入れようとして無理がある。まず主演のジョージ・クルーニーが何度もぶちのめされているのに、すぐに元気そうに現れるのはかなり無理がある。
ロケット開発者の大立者は既にアメリカが確保、その国内での大罪の資料を知るエミール・ブラント。その妻レナ(ブランシェット)はユダヤ系ドイツ人で、ユダヤ人を密告して生き延びてきた女で、売春婦をやりながら米軍払い下げ密売男兼ガイズマーの運転手)の情婦であり、記者ガイズマー(クルーニー)の元助手兼愛人。レナに余りにも多くの「いわく」を付け過ぎている印象が否めない。
エミールはレナの匿いにもかかわらず米軍に殺される。ロケット科学者のナチスの罪を免責するために。NAZI to NASAで、アメリカは戦後、ICBMと月面到達競争でソ連に勝利する。
日本でも生物化学兵器を研究した731部隊の幹部が米軍との政治的取引で戦犯から免れ、戦後の学界をリードした事実と対応する。
原爆投下のニュースが報じられる時、彼らはこれからの未来戦をすぐに悟り、必死だったことを見ると、現在の日本の暢気さが際立って複雑な気分にさせられる。
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