ハーフェズ ペルシャの詩

hafez1hazez2アボルファズル・ジャリリ監督、メヒディ・モラディ、麻生久美子主演。と言っても、麻生久美子は日本人役ではなく、チベット人妻の娘という設定。イラン版「ロミオとジュリエット」というキャッチコピーには、イマイチ無理矢理感があるが、沈黙の愛は風のように砂漠を伝わる。
ハーフェズには700年前のペルシャの詩人ハーフェズコーランの暗誦者に与えられる称号と二重の意味がある。
そして、登場人物の、ナバート(麻生久美子)と恋に落ちる青年も、実際に結婚させられる青年も、同じシャムセディンという名前で二重性がある。映画でも少女たちに(眼鏡で矯正されたはずなのに)「あなたが2人に見える」と言われている。
シャムセディンとは、詩人ハーフェズの名前の一部だ。またナバートも詩人ハーフェズの恋人の名だという。
更に鏡の誓願「7つのステップを渡ることで神に近づく」というような表現はあるが、イスラム世界に存在するものではなく、本作における設定。
という鏡も二重性のシンボルであるようだ。恋するシャムセディンの顔を照らす(写真右)のは鏡の反射光だ。神学論争で光をもたらすのは神かどうかという問答があって、光は愛という暗示もされている。左右の写真を見ても、左のナバートは太陽、右の、その太陽の光を反射して輝くシャムセディンは月のようだ。
因みに本作独自の設定という「7つのステップを渡ることで神に近づく」というのも、古代の中東で信じられていたのが起源というSeventh Heavenと関連していると思う。seventh heavenとは英語では至福のたとえだ。
昨夜明け方に私は悲しみから解き放たれ
夜の暗闇のなかで
生命の水(アーベ・ハヤート)を授けられた
恋人の光の輝きにわれを忘れ
恵みの栄光の酒杯から酒が与えられた
なんと祝福された暁、なんとめでたい一夜
あの運命(カダル)の夜に
この新たな約束がなされた
これからは私は美を映す鏡に向かい
恋人のまばゆいばかりの美が私に知らされる
私が望みを遂げ喜んだとて不思議があろうか
私はそれにふさわしく、
それは喜捨(ザカート)として与えられた
あの日神秘の声がこの吉報を伝えた
私にはあの虐げに
耐え忍ぶ力が授けられたのだと
わが言葉から滴るこの蜜と砂糖はすべて
忍耐の賜物、そのために
シャーヘ・ナバートが授けられた
私が日々の悲哀の枷から解かれたのは
ハーフェズの熱望と
敬虔な人々の息吹のおかげ

詩人ハーフェズの以上の詩の中に光も鏡も登場している。「生命の水」とは、ワインのことだろう。
ハーフェズには恋と酒と自然の美などを主題とした作品が多いようで、現代のイスラム教が禁じている飲酒、恋愛への極度なタブーとは異なる大らかな時代のペルシャとの二重性が表明されているのかもしれない。ワインを飲んで鞭打ち刑されるシーン、アルコール分のない偽ワインまで出て来るのは二重性のご愛嬌だろうか。
ちなみに、ネットの世界では今や光通信が主役になりつつあるが、ここでは、メッセージが発せられるたびに、オートバイが、あるいは人が気の遠くなるような砂漠の一本道を延々と走って伝達される。このシーンはくどいほど繰り返されるが、時間がゆったり流れ、伝達もゆったり流れる分、愛はその強度を自然と大きくし、その大きさを保たねばメッセージは砂漠の中で途絶えてしまうということだろうか。砂漠の愛は砂漠のように乾燥していないのだ。
鏡が杯となってワインで満たす時、物語は完結する。
Clickで救えるblogがある⇒人気blogランキングにほんブログ村 映画ブログへ