ランボー 最後の戦場〜No Country For Old Rambo

rambo1公式サイトシルベスター・スタローン監督・主演、ジュリー・ベンツ、マシュー・マースデ、グレアム・マクタビッシュ、レイ・ガイエゴス、ティム・カン、ジェイク・ラ・ボッツ。「無駄に生きるか、何かのために死ぬか、お前が決めろ」は「ノーカントリー」のシガーのコイントス、Heads or tails, call itと被ってくる。怒りも正義もノーカントリー(無国籍、脱社会、無機質)化しないと、やってられなくなった。
↑の写真は、自らの尊厳のため、幾多の戦友のため、唯一の理解者のために戦って来たランボーが行き着いた「闇の奥」を表しているかのようだ。となると、ランボーがボートで傭兵をミャンマーに案内するシーンが「地獄の黙示録」のパロディのようになるのは自然だろう。また、ミャンマー軍が地雷を撒いた田んぼに捕まえた解放軍兵士たちを走らせて爆死させる遊びは「ディアハンター」で描かれたロシアン・ルーレットの変奏だろう。この映画はベトナム戦争の名画を超えられない、その後の絶対的無力感さえ描いているようにも見える。
ランボーは傭兵に「お前は何者だ?」と訝られる。無表情のまま答えないランボーまだ壊れていないシガーのようなものだ。戦士と殺し屋の違いだけで、その生きる哲学もほとんど差が感じられない。完全に人間の倫理から離脱したコイントスと、離脱していないけれど、もはや何も信じない自分だけの孤独な倫理。
その孤立化した倫理を浮き立たせる役割がキリスト教の人道団体。ランボーは無防備で内戦のミャンマーに入ろうとする彼らをせせら笑うわけでもなく、ただ無関心に「Go home」と突っぱねる。帰るべきホームを失くしたランボーが。
rambo2キャトルガンに対抗するかのような弓矢。しかし、キャトルガンには何の感情もなかったが、弓矢には確実に孤立した純粋な怒りが込められている。無感情と純粋な怒りはまるで双子の兄弟のようで、それだけに強力だ。この映画でランボーは262人を殺し、過去のランボー・シリーズ全部合わせた数より多く、映画史上最多記録を更新したそうだ。そのペースは1分当たり3.2人とか。
もちろん弓矢だけでなく、地雷から敵の機関砲とありとあらゆるものを武器にする。第二次世界大戦にイギリスが残したTall Boyという不発弾も使い、前作「怒りのアフガン」での爆燃からの飛び降り脱出まで再演する。絶対的無力感からの脱出。
しかし、バックに流れる音楽は最後まで深い悲哀を湛えたままだ。人道団体の女性サラ(ジュリー・ベンツ)に動かされたように見えるラストの帰郷。しかし、ランボーは特段感情を出すでもなく、そのNo Country For Old Ramboぶりは最後まで変わらない。ランボー・シリーズを締めくくる? 最高作だろう。当然ながら比較したアカデミー作品賞受賞作「ノーカントリー」を遥かに凌いでいるが、殆どの人はそう思ってくれないだろう。
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