26年滞在して日本人の自己確認法に気付かないこの人も痛い

女教師ブログ経由で知った「素朴な疑問」のTom Gallyさん。

私は来日してから26年になるが、長年、自宅勤務のフリー翻訳者だったため、日本の大学や学界とはほとんど接点がなかった。その後、大学にフルタイムで勤務するようになり、今年の10月で4年になるが、その間、日本の大学や学者たちのことを少しはわかるようになったと思う。それでも、まだ理解できないことがある。その一つは、大学レベルの英語教育に携わる一部の学者が、自分とは異なる教育論の持ち主に対して示す強い憎悪である。

26年住んでいれば、いくらこれまで自宅勤務であっても普通に分かりそうなはずだと思う。日本人同士の党派的いがみ合いというのは、いがみ合いそれ自体が目的化されていて、内容はさして重要ではないのだ。それがほとんど唯一の自己確認のツールであるならば、当然自己目的化する。
むしろ、憎悪の様式をいかにつくるかが問題なのだ。会社同士なら「他社に負けるな」、早稲田なら「慶応に負けるな」。紅白歌合戦なら「白組に負けるな」。この形式はブログでもお馴染みで、他人を罵倒するのが一番アクセス稼ぎという自己確認する方法として手っ取り早いことでも分かる。
日本文化の無意味な繰り返しはツトに有名になったようだけれど、同じことが自己確認維持のために無自覚的に使われている。憎悪ゲーム自体が無意味で、ただ引き継がれて繰り返される。このナンセンスな繰り返しを「疑問」とするのは素朴に真っ当なのではあろうけれど、けれどあんたも26年住んでいい加減気付けよ、諦めろよと言いたくなる。憎悪は往々にして日本文化の形式的遊戯であることを。
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