経済帝国主義思想としての地球温暖化損得論

なぜ地球温暖化が経済から毛嫌いされるのか。それは簡単で経済成長を妨げる邪魔者と見なされているからだ。
グローバル経済と言っても、実態は経済帝国主義で、本来のグローバル経済がボーダレス経済だった筈なのが国別大競争に突入した感がある。
めげる日本、めげないアメリカ気力の差が国力の差を生む
なんてタイトルの記事読むと、「それに対して日本は」調で、まず最初に国ありき、で実は明治の頃からメンタリティは全く変わっていないことが分かる。関税撤廃論議にしても、国境がなくなる方向に動いているように見えるが、実はその目的は日本国にとって損か得かの話で、その意味で国家意識がむしろ大きくなっていることの産物だ。
地球温暖化という文字通りグローバルでボーダレスな問題もいつの間にか相も変わらない国別競争にすり替えられてしまっている。
頭を冷やして地球の将来を考えよう崩壊し始めた「環境バブル」2010.12.29(Wed)池田信夫

温暖化対策は社会的損失である

などという論は全く絶望的に経済系評論家は駄目なことが分かる。デメリットが∞になる可能性の問題に割引率とか古色蒼然とした経済学的概念など通用しないのだからいかに経済人が駄目な集団か分かる。
ちなみに、

地球温暖化は、科学の問題である以前に、まず経済問題である。

というのは、少し変えれば正しくなる。

地球温暖化は、科学の問題以降に、経済問題になった。

なぜなら、科学的にはとっくの昔に決着がついているからだ。しかし、経済学はとても科学の水準とは言い難い学問なので、経済学にまかせればどうにもならないことは目に見えている。
リーマンショックすら予測できないヘタレ集団が地球温暖化ショックなど予測できるわけもない。
なぜそうかというと、やはり表向きは看板を変えても経済学のパラダイムというのは数百年間変っていないからだろう。経済帝国主義と言えば、最近の中国やロシアの強硬姿勢を彷彿させるが、帝国主義なのはその他の欧米諸国も日本も変わらない。看板が変っているだけで実体は今も昔も帝国主義だ。
最終的にどの国が損するか得するかを考えればいいのだからお気楽なものだ。日本の場合はもっとお気楽で「このままでは日本は世界から取り残される」と言っていれば一丁上がりなのだから。
このトレンドは、結局変わらないだろう。故に地球温暖化ショックは一部の科学者が予測できても政治経済のポリシーメーカーには予想不可能だから地球温暖化ショックは必ず訪れるだろう。もはや諦めるしかないのかもしれない。その時は損か得かなんて暢気なこと言ってられないことは言うまでもない。
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